好きな街の嫌いな図書館

先日、SHOZO CAFEという
カフェを訪ねるために、
栃木の黒磯(現:那須塩原市)まで行ってきた。

すてきなカフェや古道具屋、
ゲストハウス、アパレルショップなどが
“ザ・田舎”の静かで小さな街に集まっていて、
とても好きな街。

同時に「地方活性化」の
良い例なのではないかと思っている。

東京からもケチって
鈍行で行っても3時間ほど。

日帰りでも十分いけるし、
1泊したらのんびりを丸ごと味わえる。
とても良い旅行先の1つだ。

ただ、今回、ひとつ
すごく考えさせられたことがあった。

駅前に新しくできていた
図書館のことだ。


そもそもこの街は、
2、3年前に訪れた時は
まだ駅前は古びている感じだった。

街にぽつぽつあるそれぞれのお店たちが、
協力して頑張って
盛り上げている雰囲気があった。

だけど今は自治体も一緒に
活性化しようとしているみたいで、
駅前は整備され、新施設がぽつぽつできている。


さて、その図書館はというと、
目の前に芝生が広がり、
ガラスできれいに作られた建物だった。

見た目はとてもきれい。
中に入ると、一面に本棚が広がりまたきれい。

違和感を覚えたのは
そこからだった。


こういう時に、
思考が働くよりも先に
「違和感」という感情が
生まれるのだから不思議だ。

そしてその違和感を紐解いていくと、
大抵理にかなっていたりする。

私の今のボスの言葉を借りるなら
「フィーリングは大事!」。

そう。
だからこの感情を
私は何よりも頼りにしている。


そしてよく頭を働かせて考える。
なんだ、この違和感の正体は。

その「アンテナ」に
引っかかった(気がする)のは、
いろんな棚に一面に飾られていた
詩のような文字たちのパネル。
対照的にスカスカな本棚。

それから、いろんなテーマで
カテゴライズされた本たち。
主に「暮らし系」をテーマにしているっぽい。


そうか。押し付けがましいのだ。
それは「図書館」という
枠組みを超えた役割な
気がしてしまうのだ。

図書館は、”本屋”ではない。
だから、図書館自体が
思想やテーマ、読み物を
主張をするのは
ヘンな気がしてしまうのだ。


図書館は、本を借りる場であり、
自治体が運営しているのだから
誰の持ち物でもない。

だから、どんな思想があり、
どんな趣味があり、
どんな年齢で、
どんな目的で図書館を利用するのか、
それはあくまで利用者側が決めるべきこと。

つまり、どんな人がいつ来ても使いやすいように、
ユニバーサルな仕組みを、
まずは目指すべきだったのではないだろうか。




そこで思い出すのは、
ニュージーランドで
いつか見た大きな図書館。
誰もが無料で使えるところは一緒、
本があるところも一緒。

違うのは、人の多さだった。
利用している人が、ケタ違いに多かった。

街の規模や人口にも寄るのだろうが、
それから今コロナ禍ということもあるのだろうが、

それにしても、週末の都心の
ショッピングモールのように人で溢れていた。


あれは、みんなのために、
開かれていたからではないだろうか。

人も国籍も年齢も選ばず、
みんなが使いやすいように
つくられていたからではないだろうか。

小さな街の、大きな図書館。
大好きな街が、少し、
遠くなった気がした日。

だけど、やっぱり好きな場所だから
また行ってしまうと思う。

その時は、図書館は、避けていこう。


いしかわあやか