映え文化のこと

本格的に考え出したのは、
コロナ禍があってのことだった。

インスタグラムの広告が
ものすごく増えた。
よく知っているあのブランドまで。

それで、気づいた。

SNSは、もはや、
「広告のための場」と化していると。

単純な広告だけの話ではなくて、
流れてくるほとんどの情報が
「営業」のためのものであると。

それは
「モノやサービスを売るため」だったり、
「フォロワーを増やすため」だったり。
だからみんなこぞって、
「映え」を狙うのである。

とはいえ、かくいう私もそのうちの一人。
きれいな料理があれば写真を撮るし、
それをポストしたくなっちゃう。


「時代の流れ」というやつだ。


それは潮の流れが
魚たちのエサを運ぶように、
人間にとってのエサ=お金が集まるところ。
そして、そのエサを求めて、人が群がる。

世の中は、そういうふうに、できている。
そう。だからそれは決して
悪いことなのではないと思っている。

ただ、問題は、
そのエサをひとりじめする人が出てくること。

そのエサを求めるがあまり、
周りの人まで取り込んでしまったりすること。


それじゃあ、弱肉強食じゃないか。


だからその流れから外れて、
小さな流れを作りたいと思った。

多くはいらない、
「流れ」からちょっと
こぼれ落ちたくらいのを
パクパクとできればいい。

その気づきが、
このメディアを立ち上げるきっかけの
ひとつだった。

そっちの方が、楽しそう。
ただ、そんな理由もあるのだけれど。




いしかわあやか