工芸品とは果たして

“伝統工芸を現代の生活に。”

最近よく聞く言葉。


確かに、工芸と呼ばれて
出されているものはほとんど、
今の時代にスタイルが合わない。
柄や色が結構派手だったり。

だから、”現代風”に
シンプルにしたり、
もっと素材を活かしたり。

そういうのが
デザインなんだなぁと
わたし自身デザイン会社に
勤めていて、感じている。



今日、たまたま見つけた
『全国伝統的工芸品公募展』
という、コンテスト。

そこにまで、以下のような
言葉が書かれていた。

長い間受け継がれた伝統的技術・技法に、現代生活の中で使われるための新しいアイディアや表現を取り入れた、市場性のある伝統的工芸品を公募し、魅力あふれる製品の開拓を行う目的で行います。

「全国伝統的工芸品公募展」公式ホームページ「主旨」より)

“現代生活の中で使われる”
“市場性のある”
“魅力あふれる製品の開発”


やっぱり。




だけど、そこでわたしによぎったのは、
先日行った、越前和紙の工房のこと。


ものすごく古く
今にも倒れそうな建物の中で
“伝統工芸”である和紙を
手で漉いている工房。


そこで聞いた話に、

「最近はこの和紙の上に
プリントをするから
位置がずれないように
紙自体が歪んではいけない」

「和紙は、
洋紙(ノートの紙のような量産の紙)には
どうしても敵わなくて」

といったような、
伝統工芸が現代社会に
あわせざるを得ない状況を
目の当たりにした。


彼らはただ、昔からのものを
そのまま引き継いでいるだけなのに、
様式が大きく異なる現代に
合わせなきゃいけないなんて。


そうじゃないと、
続かない、のだそうだ。



当たり前の話に
聞こえるかもしれないけど、

これを一度立ち止まって
考えてみたい。



工芸を現代社会に合わせるように
ものづくりを進めることって、

つまり、
“ふるいにかけている”ということ。

合わせられるところは
生き残るチャンスをもらえる。

合わせられないところは
容赦無く、廃れていく。


資本主義。
弱肉強食。



「伝統工芸」といって
価値のあるもの、としている割には
結局は、そこじゃん。


仕方のないこと、といえば
それまでなんだけど、

もうちょっと、
本当に「価値」のあるものが
尊重されるように、ならないだろうか。


“市場性” だの “製品の開発” だの
そういったことに捉われずに、
存在自体に価値があると
いうように、ならないだろうか。



とはいえ、今日もわたしは
「工芸品を現代化」することに
携わることになるのだけれど。


生き残るために、ね。

いしかわあやか