見栄と感動は紙一重



この間仕事の打ち合わせで、
その辺の界隈では名の知れた会社の
本社に行くことがあった。


たくさんの “いいモノ” を売るその会社は、
いわゆる “いいところ” に本社を構え
建物に入ると警備員。

受付には、受付嬢。
そして打ち合わせ場所も広々としていて
キレイに保たれていた。


庶民生まれ小さな会社育ち、
就活すらろくにしていない私には
すごく立派な空間に見えた。




打ち合わせ場所に案内されてから
コーヒーを出してくれた。
紙コップに入ったコーヒー。
添えて出してくれたのは、
グラニュー糖とコーヒーフレッシュ。

建物の立派さとは裏腹に
不釣り合いなバランスに違和感を覚えた。





そして、打ち合わせをした。

とにかく売れるものを
探しているようだった。


大きな会社なのに
なんだかけちぃ。
そんな印象を受けた。

目の前にあった
紙コップのコーヒーのせいだろうか。






会社は利益を追求するための場。
だから、売れるものを探す。
そして、コストはなるべく抑える。

それは、当たり前のことなのかもしれない。


でも、だったら、
東京のど真ん中で高い家賃払って
ちょっとカッコよさげな建物に
オフィスを作っているのは
なんでなんだろう。

わざわざかわいい受付嬢を置いて
“それっぽく” しているのは
なんでなんだろう。






だけど、たとえば、
コーヒーをマグカップで
出してもらったら。

お砂糖やミルクを
ちょっとだけ “いいモノ” にしたら。

それを「見栄」だと思わずに
あぁ、やっぱりかっこいい会社だなぁと
思ったんじゃないかと思う。


そうしたら、仕事への熱意も
もう少し伝わったのかもしれないなという
想像すらしてしまう。




こだわりがただの見栄に見えるのか、
感動につながるのか、

それはきっと小さな違いなのだ。




少なくとも、外見上は。


























いしかわあやか