愛とよろこびは半世紀を越え

初版はなんと、1950年。

70年も前からずっと
紙の上で輝きつづける文字たち。

こういうことを考えるだけで
胸があつくなる。

詩は「文字と音のアート」だと思う。
文字のならび、声に出した時の音のひびき。
そして、それらには意味があり、
あたまで理解するのと同時に、
こころのとびらを開けてくる。

松浦弥太郎さんの本、
『さよならは小さい声で』(清流出版)で知ったこの詩集。
やたろうさんがすきなだけあって、
やっぱり、こころにぐっとくる言葉が多い。

今のわたしに一番ひびく詩を
のせようと思ったのだけれど、
やはり一番よかったのは、
やたろうさんがおすすめしたこの詩だった。


最低にして最高の道

もう止さう。
ちひさな利慾とちひさな不平と、
ちひさなぐちとちひさな怒りと、
さういふうるさいけちなものは、      
ああ、きれいにもう止さう。
わたくし事のいざこざに
見にくい皺を縦によせて
この世を地獄に住むのは止さう。
こそこそと裏から裏へ
うす汚い企みをやるのは止さう。
この世の抜駆けはもう止さう。
さういふ事はともかく忘れて
みんなと一緒に大きく生きよう。
見えもかけ値もない裸のこころで
らくらくと、のびのびと、
あの空を仰いでわれらは生きよう。
泣くも笑ふもみんなと一緒に
最低にして最高の道をゆかう。




とにかくこの詩集は、
愛とよろこびにあふれている。


自然への愛、動物への愛、奥さまへの愛。
そして生きることへのよろこび。
そしてそれはまっすぐで、アツい。

ここまでむき出しの裸の感情を
表現できるひとって、すごい。
さらに美しい音と文字で。

どういう気持ちの時に、
どういう格好をして、
どういう体勢で書いていたんだろう。


わたしはあんまり
じっくり物事に時間をかけるタイプでない。

だから実は初めから
最後まで全部読むなんてことはしていなくて、
いつも本をぱらぱらして、
目がビンとくる文字を捉えたときに手を止め、
その一編を味わうようにしている。

そういう楽しみかたができるのも、
詩集のいいところなのかもしれない。




今のこどもたちは、
この歴史的仮名遣いを読めるんだろうか。

この詩たちが、
どうかこの時代で終わってしまいませんように。






高村光太郎詩集 (新潮文庫)

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いしかわあやか