価格を決めるのはあなた

今日は、本の内容というよりも
この本を買うに至った本屋さんの
お話をしようと思う。

アメリカ・ポートランド。
はじめて旦那氏(当時はまだ彼氏)と
一緒にした海外旅行だった。

真冬の極寒のポートランドの地で出会った
ある書店の商売の仕方が
当時の自分にとってはとても衝撃で、
今でも忘れられない。


それは、ZINE(ジン)という
個人でつくる本を専門に扱う
お店でのできごと。

小屋のようなちょっと怪しい建物の
中に入ると、これまた怪しい
ロン毛にパーカーの店員。

ずっと下を向いていて、
こちらがいるのすら、
気にしていない様子。
寝ているのかな。

でも店内はなかなか面白く、
たくさん吟味した中で
気になったのがこの本。

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印刷も製本の技術も
あったもんじゃない、
ただのコピー用紙を折り曲げただけのZINE。

広げるとこんな感じ。

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男の子が書いた日記のような本で、
日常生活、旅行、思ったこと、、、
ずらずらと気の抜けたような文章が並ぶ。

なんかゆるくていいなと思って、
これを買うことにした。

価格を見ると、
本自体には$5と書いてあるけど、
値札には$0 – $10と書いてある。

・・・どういうことなんだろう?


とりあえず、あんまり気にせず
レジに持って行った。

これが欲しいんですけど、と
恐る恐る声をかける。

すると、例のロン毛の店員が
ようやく頭をあげた。
手には、本を持っている。
(あ、本を読んでたんだ。。)

「これか。これは買う金額を
ゼロドル、五ドル、十ドルから
えらべるけど、いくらで買う?」

え?



「えーと、、そ、それはなんで?
寄付とかそういうこと?」

この時点で、頭の中は、
はてなマークだらけ。


「いや。そうじゃない。
例えば、これをお金を払わずに
もらえる人がいる。
片や、この本に価値を見出して
10ドル払う人もいる。

要は、誰かが10ドルを
出してくれることによって
普通の値段だと買えない誰かが、
この本を手にできるわけだ。

結局のところ、オレたちは
誰からいくらもらったっていい。
最終的にオレたちのところに入ってくる金額は
大抵ほぼ一緒になるからね。

、、、で、どうする?」


先ほどまで寝ていたかのように見えた彼から
さらさらと出る言葉。


お金を出す人が偉いわけでもなく、
お金を出せない人のことを
非難するわけでもない。
本当に、どちらでもいい。


彼自身が本当にそう思っている
それを、彼の態度から感じた。

でもなんだ、そのシステムは。
その当時お店に勤めていて、
小売店のことはある程度
知っていたはずなのに。
そんな話聞いたこともないぞ。

だから初めてのことで、戸惑った。
どうしていいかしばらく決められなかった。

そして、決めきれぬまま
つい口から出た言葉は、



「じゃあ、5ドルにする。」

この決断に、今では後悔している。
10ドル払えばよかった。

だから、今でもこのできごとを
ここまで鮮明に
覚えているのかもしれない。



「世界を知る」って、
まさにこういうことなんだと思い知った。

まるで石で頭を殴られたようだった。
「商売」って、利益を生みだすのと同時に、
社会に貢献するような
やり方もあるんだということに。


富の分配のようなシステムは
国の仕組みの中だけじゃなくて、
ビジネスと共生することが
できるんだということに。

相手が社会的な弱者とかお金持ちとか
そういうことはどうでもよくて、
本屋としてZINEを販売する身として、
できるだけいろんな人に届けたい、という
想いがあったのかもしれない。


今、久しぶりにこのことを
思い起こしてみて、
改めて自分のまわりを見てみる。

どうしても、
お金持ちが威張っているようにみえる
お金がない人が、              
肩身の狭い思いをしているようにみえる

これもきっと、
ひとつの世界なのだと思う。
物事は、ひとつのものさしでは決められない。

でも、あの本屋に行ったわたしは、
あの店員さんのような人が
もう少しだけ、増えても           
いいんじゃないかと思っている。

いしかわあやか